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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10352号 判決 1955年6月07日

原告 福田佐喜市

右代理人 矢部克己

被告 藤堂貞徳

右代理人 泉芳政

主文

被告は原告に対して、東京都渋谷区代々木上原町千三百二十四番地の二十六宅地二十七坪三合を、その地上にある木造亜鉛メツキ銅板葺二階建家屋一棟(一階建坪十六坪七合五勺、二階建坪十六坪)を収去して明渡し、且つ昭和二十八年四月一日から右明渡済にいたるまでの一ヶ月一坪八円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

本件宅地が原告の所有地であり、その土地につき賃貸借契約が原告と被告との間に成立したことは当事者間に争いがない。よつて右契約の内容について考察してみると

成立に争いのない甲第一号証、同第三号証、同第五号証、同第六号証の一、二及び乙第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、第五号証、当時の本件家屋の写真であることに当事者間争のない甲第七号証の一、二並びに証人本間久、同白石巖、原告福田佐喜市本人、被告藤堂貞徳本人の尋問の結果と当事者間に争のない事実を綜合すると、本件宅地は小田急線代々木上原駅から三十米位のところにある駅前通りに面した原告所有土地の内商業地として最上の土地であり、原告は将来その薬舗建設の予定地としておつたが当時該土地を賃借していた訴外本間久がここに家屋を建築するような様子が見えたところ当時本件宅地及びその近隣の原告所有の土地を原告ともと姻戚関係にあつたことから、その管理を原告から委されていた被告より全くの他人に貸して置くとそれが一時的な使用のための仮建築家屋の敷地としてであつても、たんにこれに建築されてしまうと永久的に貸さねばならぬようになつてしまう懸念があるが、現在被告は商売を営んで、この終戦直後のどさくさの過渡期の難局を切拔けていこうと思つている。そして本件宅地はそれをするについての手頃な場所であるから、若しできれば被告に貸すようにしてもらえないだろうか、そうすれば被告は他人ではないから何時でも原告の請求があり次第本件土地を明渡す旨の懇請があつた。そこで原告も被告のこの旨を了承して、結局、被告から訴外本間に三千円を与えて、同人をして本件宅地の賃借権を放棄せしめ、昭和二十三年四月一日附で原告と被告との間に本件宅地は仮建築家屋の敷地として使用する、原告自ら本件宅地上に家屋を建築したい旨の申入があつたときは、直ちに明渡すなどの条項の外右各条項違反したときは本賃貸借契約は当然効力を失うこと、また賃借料は一ヶ年十石八斗を公定価格で換算した金額とするなどの約定のもとに、本件宅地の賃貸借契約が成立した。被告は直ちに本件宅地上に最低価格の平家建バラツク建坪十七坪を建築し、店舗及び居住に使用していたが、昭和二十八年九月に原告に無断で、右平家建家屋を取壊して、原告主張のような二階建家屋のいわゆる本建築に着手し竣成せしめた事実を認定できる。

前記列挙の証拠のうち以上の認定に反する部分は信用できない。かような本件契約の内容や契約成立の経緯にかんがみれば本件宅地の賃貸借契約は仮建築家屋の敷地として一時使用のためのものと認定するのが相当である。

被告は甲第一号証中「仮建築」とあるのは本件土地が戦災復興土地区劃整理施行地区建築制限令の適用をうける土地であるため、これに添うようにしただけであつて、実質上も仮設的バラツクを意味するものではないと抗争するが、この点に関する被告本人尋問の結果は信用しがたく、他にこれを肯定するに足る証拠がない。

また証人中村政子の証言、被告本人尋問の結果と成立に争のない乙第三号証の存在によれば、原告は他の土地賃借人に対してもその賃貸借証書には等しく仮設建物敷地云々の語辞を使用していることがうかがわれるが、このことからして前記のような事情で成立した本件賃貸借契約に対しても、それにいわゆる仮設建物敷地を例文視してその効力を否定し去ることは困難である。なお被告本人尋問の結果によれば原告は被告に対し本件土地を売却する意嚮のあつたことも認められるがそれは原告が被告との親戚間に風波の立つのをおそれ被告の買受の申出に一たんは応じてみたものの、その申入価格のあまりに低いためにこれを拒絶した事実は成立に争のない乙第一、二号証の各一、二に徴し肯認し得るので、右売渡の交渉のあつたことからして直ちに原告が本件土地に自ら使用する意思のなかつたことからして直ちに原告が本件土地を自ら使用する意思のなかつたこと、すなわち別の見方からすれば、被告に対し一時的にのみ使用せしめる意思ではなかつたものと即断することは困難である。

されば被告が前記仮設建物を取壊し、新に前記のような本建築をなすに至り、ここに本件賃貸借は前記約旨により当然その効力を失つたものと称すべきである。

而して被告が原告に対し本件土地の賃料を昭和二十八年四月一日以降現実に支払つていないこと、本件宅地が店舗の敷地であり、賃借料が昭和二十八年四月一日当時一ヶ月一坪八円の割合に定められていたこと及び被告が同年同日から同三十年三月末日までの右賃借料として同額の金額を供託していることについてはいずれも当事者間に争いがないが、被告が原告に対し右賃借料を現実に提供したが、原告がこの受領を拒んだこと、或は予め、被告がこの支払をしても、原告がその受領を拒むことが明らかであつた点について明確な証拠を欠く。従つて右供託によつて債務の消滅をもたらし得ないことはもちろんである。

従つて、被告は原告に対して、昭和二十八年四月一日から、本件家屋を収去し、土地明渡をなすに至るまで、前記割合による賃料とそして本件賃貸借終了後は不法に該土地を占有することによつて所有者たる原告に被らしめる反証のない限り右賃料と同額の損害金を弁償する義務がある。

よつて原告が被告に対して本件宅地上の前記木造亜鉛メツキ銅板二階建家屋を収去して、本件宅地を原告に明渡し、且つ昭和二十八年四月一日から右明渡に至るまで一ヶ月一坪八円の割合の賃料ならびに損害金の支払いを求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。なお本件については判決の確定をまたないで強制執行をする程の必要も認められないから、仮執行の宣言は付さない。

(裁判官 柳川真佐夫)

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